「生きる意味を求めて」V・Eフランクル著 1

  • 2008.05.04 Sunday
  • 10:04
ヴィクトール・エミール・フランクルと言えばあの有名な「夜と霧」の著者です。

かれは第二次世界大戦中、ナチスドイツの強制収容所へ入れられ、地獄のような3年間を過ごし息絶え絶えで生き延び、この魂からの叫びを世に伝えた、それは生きる意味すなわち「生き残る価値」という、哲学にもにた深い思索です。

簡単に言えば「何のために私は生きているのか」と言う問いかけです。

かれはアウシュビッツ収容所を出てその後精神療法医として活躍し、その心理学療法は今なお世界に影響を与えています。
さて生きる意味について、そんなのめんどくさいという前に自分の時間を作り深くこのことを考えてみてはどうでしょう。それは、この生きる意味をしっかりと心に根ざして生きていけば、揺るぎない自信と使命感が沸いてくるからです。

一方でこの反対側にあるのが生きる意味を無くした人たちです。その無意味感から来る社会現象が若者や中高年層に多い自殺です。それは、この生きる意味をなくした迷える人たちなのです。

そしてこの生きる意味を祖父や祖母また親から教えてもらえない子供達が増えています。
それは先代の親たちが生きる意味を知らない、考えない、間違った考え、教えられない・・・等が理由でしょう。

「人に迷惑をかけてはいけません」と念仏のように唱える親たち、そして「人に迷惑をかけていないから」何をやっても良いという若者達、そもそも人に迷惑をかけないのは当たり前で、そんなのは人間として最低限のことなのだと言うことを知らないのだろうか、あたかもそれが一番というようにいっている親たちは「世のため人のためにつくす」などということは夢々思わないだろう。と想像できます。


さてそこで、フランクル氏の書いた「<生きる意味>を求めて」の紹介をしたいと思います。彼があの地獄のようなナチスドイツの強制収容所に3年間も収容され、つらい思いをしながら生き残ったのは、この生きる意味を自分の中にしっかりと持っていたからなのです。


彼の表現で本文から珠玉の言葉を紹介します。

本文より引用開始

「あるアメリカの大学で自殺を試みた60人の学生のうち85%が自殺を試みた理由として挙げていたのは、「人生が無意味に思えたから」であった。しかし、はるかに重要なことは、明らかに人生の無意味感に苦しんでいるこの学生達の93%が、「社会的には積極的に活動し、学習面でもかなりの成績をとり、そして家族との関係においてもうまくやっている」学生達だったことである。
ここにあるのは、いわば意味を求めて叫んでいるにもかかわらず、耳を傾けてもらうことのなかった叫び声である。これは明らかに、1つの大学だけに限られるものではない。
アメリカの学生の自殺率の驚くべき高さを考えてほしい。第一位の死因、交通事故についで、自殺はなんと第二位である。自殺未遂ならその15倍のかずになるかも知れない。

こうしたことが豊かな社会の真っ只中で、福祉国家の真っ只中で起きているのである。
あまりにも長い間、わたしたちは夢を見続けてきたのかも知れない。そしてその夢から目覚めようととしている。私たちの見た夢、それは人々の社会経済状況さえ改善すれば、すべてがうまくいき人々は幸せになるだろうという夢・・・。
しかし実際のところは、生き残るための戦いがおさまるにつれて、1つの問いかけが上がってきたのである。「何のために生き残ろうとしているのか?」という問いが。今日では多くの人々が生きる手だてを手に入れた。しかし何のために生きるのかという意味までは手に入れていないかも知れない。」


引用終わり

ikiruimi

何のために生きているのかと言う問いかけは一見大したことではなく、そんなことは関係ないと言う人もいます。しかし偉人の伝記を読んだり、人間的にも優れた人と出会う度にこのことを必ず感じます。

この軸さえ見ていればその人の判断が出来ます。

ですから何のために生きているのかと言う問いかけはその人の生き様に関わる大事な事なのです。

物質的には豊になった社会ですが、人々の心は満たされていないことを最近強く感じるようになりました。それは多くの人がフランクルのいっている生きる意味を見つけ出せないでいるからなのだと思うのです。

さてフランクルのことばでもう少し書きたいことがありますがまた次回にします。
コメント
お久です。お元気でした?
私はヘルニアの術後も良く、直立歩行で仕事出来る様になりました。
生きる意味=生まれた意味でしょうか?
この本に興味を持ちました。早速、読んでみたいと思います。
  • 日本海の母
  • 2008/05/21 10:55 AM
こんにちは
日本海の母さん

私は相変わらず仕事が多忙で大変です

>私はヘルニアの術後も良く、直立歩行で仕事出来る様になりました。

心配しておりましたが
またお酒が飲みに行けそうですね

さて
>生きる意味=生まれた意味でしょうか?

そうですね「何のためにこの世に生まれて生きているのか」と言うことです。

少し長文ですが文豪のトルストイの書いた文章を紹介します、彼もこの疑問に突然襲われもがき苦しみます。(トルストイ50歳の時の文章です)

以下「懺悔」トルストイ著から引用

「最初はそれが発すべからず無益な問いのように思われた。こんな事はみんな分かり切ったことだ。俺がその解決をつけようと思えば、他愛なく出来ることだ。目下こんな問題にかかずらっている余裕がないけれども、よくよく考えればすぐに回答を得ることができるのだ。こんな風に思われた。しかしながら、これらの疑問は日を追て頻繁にくり返されるようになってきた。そして回答のないこの疑問は、同一の疑問へしたたり落ちる墨汁の雫のように、何時しか真っ黒なしみになってしまった。私はこれが精神的な一時の風邪でないことを悟った。これは実に重大事だ。いつも同一の疑問がくり返されるとしたら、私はそれなりに答えなければならない。・・・で、私はこの疑問に答えようと試みた。この疑問は実に愚劣な、単純な、子供臭い物に思われていたのだが、いざ取り上げて解決しようという段になると、たちまち私はまず第一に、それが子供じみた愚かしい疑問でないどころか、人生におけるもっとも重要にして深刻な問題であると言うことを信じざるを得なくなった」
以上引用終わり

この様にトルストイもいっています。

この壁にぶつかり迷うことが大事なのです。

ですから新人にはこの疑問を最初にぶつける事をしています。
  • ヨシヲ
  • 2008/05/21 11:05 PM
コメントする








    
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< May 2018 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

  • 「広島から三上文法を発信して世界平和に寄与する」金谷武洋さん講演に行ってきました
    yoshiwo (08/05)
  • 「広島から三上文法を発信して世界平和に寄与する」金谷武洋さん講演に行ってきました
    さき (08/04)
  • 恒例のjazzコンサートin広島(高田市)
    ヨシヲ (07/02)
  • 恒例のjazzコンサートin広島(高田市)
    ヨシヲ (07/02)
  • 恒例のjazzコンサートin広島(高田市)
    すず (07/02)
  • 恒例のjazzコンサートin広島(高田市)
    はるく (06/24)
  • 「エンデの遺言」-根源からお金を問う-3
    ヨシヲ (06/23)
  • 「エンデの遺言」-根源からお金を問う-3
    はるく (06/18)
  • 「エンデの遺言」-根源からお金を問う-2
    ヨシヲ (06/18)
  • 「エンデの遺言」-根源からお金を問う-2
    はるく (06/10)

recent trackback

recommend

recommend

recommend

recommend

recommend

recommend

recommend

recommend

recommend

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM