「収束する」その3

  • 2007.02.25 Sunday
  • 21:53
 精神活動は収束するという話から
宇宙の真理は収束していくという展開になり
それは地球上の生きとし生けるものの
普遍性の話になりましたこれは「共生」というキーワードを持っているのではないかという問いかけでした。
「共生」への収束についてはここで終わるはずでしたが、子孫を残す話をしなくてはいけないと思い次の展開へと話を移しました。
それは「何故子孫を残すか」という問いの答えを見つけなくては全体が完成しないからです。
 ただこのことは、何故男と女があるのかとか、様々な疑問を新たに発生させます。

 そんなことを言っていると、これまたこのブログでは書ききれませんので
かなり核心的な話をしていきたいと思います。
(あくまでも僕の今まで色々な物を見たり読んだり聞いたりしたことのまとめであり途中経過です)

 これは結論からいいましょう、子孫とは意識のつなぎではないかということです。

 ここで「意識」と「遺伝子」の話をします。
このはなしを先にしなければ、「何故子孫を残すか」という話ができません。

 意識には思考・経験・環境色々なものが作用します。
そして意識と遺伝子は密接に関係していると思われます。これは遺伝子に埋め込まれた本能という事からもうかがえます。
ところが、遺伝子がどのように形成され、どのように変化するのかはまだはっきりしていません。

 ですから次に述べることは仮説に過ぎません。
それは意識が遺伝子に埋め込まれ、新たな遺伝子が生成され変化しているのではないか、ということです。(これは繰り返しになりますが遺伝子と本能とは密接に関係しています、つまり意識が遺伝子に継承されて本能が生み出されているということです)

 そして遺伝子は人間創世(原始生物)からの年輪のような物で人類の歴史を表している物ではないかということです。
これは受精卵から人間になるまでの胎児の成長(個体発生)が人類の進化(系統発生)をくり返すということからもうかがえます。
(人間の発生は受精してから魚のような時期、両生類のような時期、爬虫類のような時期、をへて人間の体になるのです。)

 それから人間の持つ五感と意識の話をします。
 いわゆる五感とは視覚・聴覚・触覚・臭覚・味覚ですね。
じつはこの感覚がすべてなくなった時点で、人間として生きる事が出来ません。
それは五感によって人は外界とのコミュニケーションをとっているからです。

 では五感とは何かということになります。

 それは、意識を感じ取る感覚ということです。
繰り返しますがコミュニケーションとは意思の疎通です、意思とは意識と深いつながりがあります。

 つまり人間の五感は意識を中心としてコミュニケーションしているということにはならないでしょうか。(もっと分かり易く言えば、人間の五感は、遺伝子を成長させるためにあるのではないか)

さてさて、ここで意識という定義をはっきりしなければいけません

(意識の定義には色々ありますがこれは僕の定義です。
でも概ねあっていると思います。)

たとえば意識とは色々ありますがその1つに「形を成す力」があると定義します。
(五感で感じる物はすべて意識として感じ取れます、臭い、音、味、感触、けしき、なども意識の一つ一つです)

そうすると石にも意識はあるしすべての物に意識がある事になります。

 それは人間が作り出す物すべてが意識(人間の意識)より生み出されている事からも解ります。たとえば鉛筆や本、カメラやテレビこれらの物は人間の意識によって生み出されています、ということは形ある物は意識によって生み出されているのではないか、つまり人間の体も、植物の花も葉っぱもすべて意識によって生み出されているのではないかという仮説が生まれてきます。

 そうしたとき道の石ころなども何らかの意識が働いて出来たものではないかと思うことが出来ます。

 これは原子レベルの力による石という物質なのだが・・・。

 意識とは何なんだろうか、もし形成す力とした場合、自らを作り出した集合体の元である、原子や電子の力も原始的な意識とは言えないだろうか、つまり地球の重力も電子や中性子など素粒子レベルの力も意識的とはいえないだろうか、ということです。その集合体がある時点から生命で言う意識レベルに昇華される事があるのではないか、生命は目に見えないレベルで、地球上のあらゆるところで今も生まれ続けているのではないか、そうすると自然の風や海のさざ波、大雨や優しい春の雨、色々なことが微弱な意識のなかで繰り広げられているとは言えないだろうか、これをまさに自然の意識(力)ということはできないだろうか、このような思いがめぐるのです。

 さてでは最初にお話をした、子孫・遺伝子・意識の継承のキーワードがどう繋がるのか。

 意識の継承で遺伝子に形(人間)が埋め込まれ、本能が埋め込まれ、自分の経験も埋め込まれ、それを次世代へと継承している。
では何故継承しなければいけないのか?やっと「何故子孫を残すか」ですね

この話もまた続きます・・・。ふぅ〜  まだありますよ仮説ですけど。

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